| メディア・インフォメーション | 1998年7月 NO.5 |
| 目次 | 巻頭言 | コラム | バックナンバーのため、一部記事を割愛してあります。 |
| 教育とメディア | 視聴覚ライブラリー運営委員会 運営委員長 武石純司 |
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メディアは、常に教育の方向や学習の方法を先導してきました。 50年代、教師駆け出しの頃、学校にテレビの無かった時代ですが、ラジオによるNHK学校放送番組を社会科や道徳の学習に取り入れ、斬新な授業開発に得意になっていた当時が思い出されます。 視聴覚教育は、学習教材研究最前線のシステムとされ、一単位授業の流れの中に如何に効果的にスライド、テープレコーダーなどの機器を組み入れるかが授業成否の鍵であり、教師の手際としてその知恵と技術を競ったものでした。 今、21世紀を前にして、通信衛星、光ファイバーとハイテクの時代になりました。学校教育へのコンピュータ整備は一気呵成を極め、インターネットの導入を2003年までに全学校に接続するよう計画されておるところです。 言うまでもなく情報教育は、その活用能力、コミュニケーション能力の育成であり、受信のみではない自ら情報発信によるネットワークの構築にあると考えます。コンピュータから得られる情報は、仮想現実の世界であることの認識とともに、如何に直接体験と組み合わせ、最上の効果を引き出すかが学校教育の必須の条件であり、生徒の思考、表現力の広がりへの実践が期待されます。 一方、違法、有害情報のアクセスなど情報倫理に関しては、情報洪水の遮断規制や報道自由の論議のみでは時代の解決に至らない現実からも、早くから子どもに情報の取捨選択能力を養うことが大きな課題になると思います。 |
| 作品づくりに参加して | 渋谷 隆 |
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視聴覚教材などと呼ぶには程遠い自作を続けて、結構年数が経ちました。諸先輩の輝くような作品群に魅了されて、我流でやみくもに作り始めたのですが、見ると試すのとでは大違いで、以後作品制作の都度試行錯誤の繰り返しに呻吟を続けてきました。 何十年来、映画やテレビを見続けてきていて、見た作品づくりの善し悪しは判っても、それは自分の作品づくりの技術面には、何の役にも立たないことを知らされて愕然としました。 いかに今までに漫然と画面を見過ごしてきたことか。見ることと作ることの落差の大きさには、計り知れないものがあることを知らされました。 時間と予算が限りなくゼロに近い枠の中での作品づくりには、それなりの工夫が要求されます。しかし、視聴覚ライブラリーの協力を得た資料の収集や、手持ちの機材のフル活用で対応を図ってみても、所詮仕事として完成された商業作品には到底及ぶべくもありません。 観客は、作品から得た価値観のみを評価の対象にしますが、大向こうの喝采には無縁であっても、作品に関わる全ての作業を、アイディアを絞りながら、コツコツ手づくりで仕上げていく工程にこそ、個性的な作品づくりと、生涯学習の意義があるものと考えています。 休日毎に、握り飯と機材をくくりつけた三脚を背負って、台本と地図を交互に首っ引きしながら出歩くのが、何よりの楽しみになっている昨今なのです。 |
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皆様のご協力により、「メディア・インフォメーション」第5号を発刊することができました。 ************************* |
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